歩くとは、大地を頼りに体を「前」に運び続けること。

近ごろは、講演依頼も最初からハイブリッド前提になりましたね。「リアル会場もゆとりをもった広さのところを押さえます。オンライン配信もできるようにします」という具合です。一つの講演がよかった場合、思わぬ方面から依頼が来ます。「良い」を判断する要素として考えられるのは、①全体的なふるまいや印象、②タイトルとメッセージ、③感想文やアンケート、の順で決まっていくのではないかと思うのですが、いかがでしょう。


品。大事ですよね。

とくに、わたしの夫は品を欠くことを嫌います。

日常が鍛えられます"(-""-)"


毎日のように、高齢者予防教室で運動指導をしたり予防で大事な話をしてまわっていると、「君の仕事はいいね。人前でしゃべるには考えなくてはいけない。頭も使うし、人とのつながりが絶えない。人前に立つからいい姿勢にもなる。運動もできる」と、ご自身も退職後に講師業をしているという方からお褒めの言葉をいただきました。ありがたいことにいいことづくめ。


でも、光強ければ闇深しというような言葉があるでしょう。


私は一生歩き続けることで身をもってそれを示さないといけないし、きっともしかしたら、親や家族が自分の体に不具合が起きたときに、負い目を感じてしまうのではないかと考えるときもあるんです。


一生歩くとは、確かに「自分の足で歩く」という物理的表現のススメではあるんだけども、その一方で、歩くとは、大地を頼りに体を「前」に運び続けること。


つまり、歩くとは、

①自分を支えてくれている環境を拠りどころにしながら、②前を向き、健全な心と体で好奇心が向かう方へ自分の人生を選び、③今より「一歩」先へ、「一歩」先へと進歩し続ける


・・・ことの例えでもあります。できるかぎり、包括的な考え方でいたほうが、自由度が高いです。そして、よりどころがあり、精一杯自分で納得できるところまでやれたと思うなら、頼れるものには片っ端から頼って生きていけばいいというのが、体が教えてくれる自然の摂理です。どちらにせよ、支えがなくては地球上では生きられません。


追伸:

いま、10秒ポーズを活用しつつ、地域や地元で求められ本気のフレイル予防活動ができる人を育てようと、プロ講師養成コースを準備しています。ご興味がある理学療法士や作業療法士、柔道整復師、鍼灸マッサージ師さんなど体の専門家の方がおられましたら、お声かけください。まずはメールセミナー受講をおススメしています。